「実現可能な聴覚障害者用福祉自動車」

青森県難聴者・中途失聴者協会副会長・瀬谷和彦

◆障害ゆえに制限するマイナス思考でなくプラス思考で、安心して運転できる環境実現を

(1) ただいま、ご紹介にあずかりました瀬谷です。本来ならば、ここにいなければならないところですが、先約があり、青森で講演しなければなりません。
しかし、聴覚障害者用福祉自動車の可能性を考えることは非常に大切なので、敢えて主催者側にお願いし、代読発表という形で認めていただきました。どうぞ、お聞きください。
今回のレポートのタイトルは実現可能な聴覚障害者用福祉自動車です。現在、非常に多くの聴覚障害者が運転免許をもっています。補聴器装用条件付きで免許交付された人は平成13年の時点で3万3千件余りあります。
補聴器はみなさんもご存じの通り、音を増幅するものであります。脳への過剰な刺激はストレス発生に十分であり、難聴の進行など様々な健康被害が起こっても不思議ではありません。しかし、音声社会の中で生きていくためには補聴器はなくてはならない大切なものです。しかし、自動車技術や道路交通環境を改善工夫すれば、聴覚障害者でも補聴器なしでより安心して安全に運転することができます。
今や手足の不自由な方々のために福祉自動車が活躍しています。ですから、補聴器をつけなくても運転できる聴覚障害者のための福祉自動車があってもおかしくはありません。今日は聴覚障害者が安心して安全に運転できるためにどのような機器があるのか、あるいはどのような工夫が可能なのかを説明していきたいと思います。

(2) まず、このスライドをご覧ください。聴覚障害者が補聴器をつけなかった場合、車の運転で困ることを並べてみました。上から聴覚情報を生かせない、緊急自動車の接近がわからない、事故の時にうまく説明できない、災害時に自分で情報をつかめない、緊急時に連絡手段がないなどがあります。一番下は補聴器をつけた場合ですが、車内騒音で同乗者と会話ができないという問題もあります。
特に上から二番目までの問題を理由に、補聴器装用の他にも聴覚障害者の運転に制限を設けようとする兆しがあります。例えば、10m以上離れたところからの警笛を必要とする場所、典型的なのが、警報機や遮断機がなく、見通しの悪い踏切ですが、そういうところの通行を制限しようといったことです。しかし、ちょっと工夫をすれば、こんな問題はすぐに解決することができます。どんな工夫でしょうか?次に移りましょう。

(3) まずは、聴覚情報を生かせないという問題について。死角の問題があります。自動車を運転される方はすでに自動車学校で学ばれていると思いますが、車には運転席から見えない部分、死角が必ずあります。これが原因となる悲惨な事故が健聴者でも後を絶ちません。多くの健聴者はこの死角を自分の目で確認する以外に周囲の状況を聴覚で感じ取ることで確認しています。それができない聴覚障害者は自分の目でしっかり確認しなければなりません。私も自分の車のエンジンをかける時、必ず車の周りを一周します。子供が周辺にいる時は必ず子供の数を数えます。運転中でも左折する時や車線を変える時に必ず後ろを確認します。しかし、死角があるので、もしかしたら、という一抹の不安はなくなることがありませんし、健聴者よりもかなり気を遣わなければなりません。

(4) この問題を解決する有効な手段は補助ミラーです。これにより死角がより少なくなります。実際、オーストラリアでは補助ミラー取り付けを義務づけることで死角を極力少なくしています。日本でもぜひ取り入れるべきだと思います。
もう一つ死角をなくす有効な手段があります。ミニバンに乗っている人はもうご存じと思いますが、CCDカメラです。ミニバンの場合は後方上部に取り付けてあって、後ろに人や障害物がないかどうか確認することができます。
実際の例をご覧ください。

(5) これが、CCDカメラで得られる情報です。これはセダンタイプの車のフロントバンパーの左右に取り付けたCCDカメラで右側を見たものです。見通しの悪い四つ角で威力を発揮します。太陽の影響でうまく撮れませんでしたが、実際はもっとクリアに見えます。また、これは白黒ですが、今はカラー化しているとも聞いております。これらがあれば、先ほど話した見通しの悪い踏切の問題は解決です。絶対に取り付けてほしいものです。

(6) 次に、緊急自動車の接近がわからない。特に点滅燈が見えない見通しの悪いところでの緊急自動車の接近は聴覚障害者の場合、補聴器がないと完全にお手上げです。周囲の車や人の動きを見て合わせるしかありません。

(7) しかし、緊急自動車の接近を視覚的に知らせる装置があれば、聴覚障害者に注意を促すことができ、安心です。現在、救急車などのサイレン音を感知してそれを知らせる方法が研究されています。しかし、個人的にはワイヤレスマイクに使われているような特定小電力電波の特定周波数を電波法で制定し、サイレンを鳴らすと同時に発信される特定電波を受信機が受信した時に点滅で知らせる方法が確実ではないかと考えています。
有効距離は100mあれば十分すぎると思います。また、緊急自動車の種類によって周波数を変えれば、救急車パトカー消防自動車その他のように区別することもでき、より情報量を増やすことができます。私はその道の専門ではないので、研究して開発することができませんが、興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひご検討をよろしくお願いします。そして、できるだけ早く実現してください。そうすれば、聴覚障害者に補聴器装用を義務づける根拠が一つ減ります。

(8) さて、聴覚障害者には自動車運転に当たって、さまざまな不便な状況に出会います。その一つが事故を起こした場合です。コミュニケーションがしっかり取れないと、思わぬ誤解を受けます。私自身、若い時に夜自転車をこいでいて交差点で車とぶつかったことがあります。その時、コミュニケーションがうまく取れず、ライトを点灯していたにもかかわらず、無灯火運転とみなされ、信号もこちらが無視したと誤解され、一方的に悪者にされてしまいました。

(9) 私の例は自転車でしたが、こういうことが起こらないようにするためには、飛行機に積まれているフライトレコーダーのようなものがあると助かります。
最近 フライトレコーダーの自動車版のドライブレコーダーが開発され、販 売されています。

(10)  これです。これはデータテック社の了解を得て掲載しました。商品名がセイフティレコーダーです。自動車の速度、加速度、曲がり、現在位置を常に計測して記録します。現在は運送関係の会社の安全運転能力向上のために利用されていますが、聴覚障害者にとってこれがあれば、事故の際、自分の運転の正当性を示す強力な助っ人になります。資料を配付してありますので、あとで、ごゆっくりご覧ください。

(11)  不便はまだあります。災害時に自分で情報をつかむことができません。そのために自己決定権を行使することができません。

(12)  この場合は見えるラジオが有効です。災害時には災害チャンネルが始まり、災害情報を随時流してくれます。これにより、自分がどう動けばよいかわかります。携帯電話を利用して緊急情報を提供するマイレスキューのサービスもいいですね。この二つを使えば、一石二鳥です。でも、携帯電波の届かないところでは、見えるラジオが有効でしょう。

(13)  これが車載見えるラジオです。ナビに付属していました。

(14) こんな感じです。いかがですか?これがあれば、見知らぬ土地で突然災害に遭っても自分で情報を得て、どう動けばよいか自分で判断することができます。

(15) 次に、緊急時に連絡手段がない。山の中で事故ってしまった。具合悪くなった。襲われた。そういう場合、本当に困りますね。

(16) そのためにヘルプネットというものがあります。

(17) これは事故などが原因でエアバックが作動した時、これをヘルプネットオペレーションセンターが感知して、自動的に緊急自動車を現場に向かわせるものです。非常に便利です。エアバックが作動しない場合には専用ボタンを押せばいいのですが、この場合は携帯電話で状況を説明しなければなりません。
電話ができる難聴者はいいのですが、できない方には不便ですね。もともと、お年寄りや女性を前提に考えられたシステムですが、例えば、日本語をインプットすれば英語が音声で出てくるような海外旅行の際に便利な機器がありますが、ぜひこの技術を適用して聴覚障害者が伝えたい情報を選択してヘルプネットセンターに送信できるようなシステムを作ってほしいですね。これについても資料がありますのであとでゆっくりご覧ください。

(18) 最後は、これは補聴器で会話が可能な難聴者向けですが、車内騒音で同乗者と会話ができないという問題もあります。補聴器は周囲の雑音も音声と一緒に増幅してしまうので明瞭度がかなり落ちています。最近デジタル補聴器という高性能の補聴器が出てきていますが、全ての雑音をクリアできるに至っていません。

(19) この問題の解決には二つの方法があります。一つは車の静粛性を高める。もう一つは磁気誘導ループを設置する。

(20) これは、マイカーです。トヨタのプログレです。後ろの建物は三重県の伊勢神宮徴古堂(ちょうこどう)です。車のそばに立っているのが私です。自分で言うのもなんですが、この写真はとても気に入っています。この車は車長4m50cmと小さいですが、車内騒音は時速100kmで60dBと59dBのセルシオに劣らず静粛性の高い車です。時速30キロではエンジン音がほとんどしないので、健聴の友人から「この車エンジンついてるの?」と聞かれたくらいです。
このくらい静粛性の高い車であれば、車内での会話が楽になります。もう一つ、この車を例に挙げた理由はこの車がセルシオやクラウンのような大型車とは違った仕組みで騒音を抑えている点です。セルシオなどは騒音の伝導を抑えているのですが、プログレは騒音の根源を抑えています。それで小さな車なのに静粛性を高めることができます。聴覚障害者
用福祉自動車に確実に適用できる技術だと思います。
余談ですが、非常に高い買い物でして、今でもローンを払っています。しかし、同乗者と会話ができることで仕事上のつきあいで不便を感じることが少なくなり、満足しています。

(21) これはソナールのご好意で掲載させていただきました。車載用補聴器誘導システムです。観光バスでマイクからの声をクリアに聞くことができます。これは、マイクからの音声情報をアンプで増幅し、電流に置き換えて専用のケーブルに流します。そのケーブルから発生する磁場を補聴器に付属しているテレコイルがキャッチして音声信号に戻します。口元の声がそのまま耳に伝わるので非常にクリアに聞くことができます。これを乗用車につけ、マイクを指向性の高いものにすれば、同乗者の会話をかなりクリアに聞くことが可能になります。

(22)  以上さまざまな装備や工夫を紹介しましたが、これらの装備が完備されれば、私たち聴覚障害者は補聴器をつけなくても健聴者と何ら変わりなく安心して安全に運転することができます。

(23)  聴覚障害者が安心して安全運転できるようにするためにまずやらなくてはならないこと。それは視覚情報量を多くすることです。そのためにも政府は一刻でも早く、補助ミラーやCCDカメラ取り付けの助成を実現し、死角を最大限減らしていくべきではないでしょうか。そして緊急自動車対策も急ぐべき課題だと思います。

(24)  政府は、聴覚障害者に役立つこうした設備があることをよく理解し、聴覚障害者の自動車免許条件や運転条件に制約を設けるようなマイナス思考ではなく、プラス思考で聴覚障害者に優しい福祉自動車を一刻でも早く実現すべきではないでしょうか。

(25) 以上ご静聴ありがとうございました。
----------------------------------------------------------
上記は、'03年、6月29日、文京区シビックセンターで開かれた
シンポジウム「差別法(欠格条項)から、差別禁止法へ」において、
発表された瀬谷和彦さんによる文章です。

-------------------------------------------------------------------------------
障害者欠格条項のページに戻る            ホームページに戻る