平成12年12月7日
障害者に係る欠格条項の見直しについて(報告)
医療関係者審議会医師部会・歯科医師部会・保健婦助産婦看護婦部会合同部会欠格条項検討小委員会
第1 検討に至る経過
1 医療関係資格における欠格条項の位置付け
医師及び歯科医師は、医療又は歯科医療及び保健指導を掌ることによって、
公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保すること
をその任務としている。また、保健婦は保健指導、助産婦は助産及び妊婦等
に対する保健指導、看護婦および准看護婦は傷病者等に対する療養上の世話
及び診療の補助を行うことを業としており、病院等において、最も身近な医
療関係職種として、国民の保健医療の向上に大きく貢献している。
これらの資格を有する者の行う業務は、国民の生命及び健康に直結する極
めて重要なものであり、これらの資格は高い水準で厳格に定められる必要が
ある。したがって、これらの資格を取得するにあたっては、国家試験に合格
し、厚生大臣の免許を受けなければならないこととされ、国家試験の受験資
格についても、医学又は歯学の正規の課程を修めて大学を卒業することや、
厚生大臣の指定した養成所を卒業することなどが求められている。
現行法では、免許の付与に当たって、国家試験により業務上必要な知識及
び技能の有無を判断するだけでなく、資格を高い水準で厳格に保つ観点から、
いくつかの欠格条項を定めている(別紙1)。
2 障害者に係る欠格条項の見直しに関する政府決定
これらの欠格条項のうち、「目が見えない者」、「耳が聞こえない者」、
「口がきけない者」及び「精神病者」といったいわゆる障害者に係る欠格条
項については、障害者が社会活動に参加することを不当に阻む要因とならな
いようにする観点から、平成11年8月、政府の障害者施策推進本部において、
平成14年度までに見直しをすることが、決定されたところである(別紙2)。
この政府決定を受けて、平成12年2月23日に医療関係者審議会医師部会、
同歯科医師部会及び同保健婦助産婦看護婦部会からなる合同部会が開催され、
医師法、歯科医師法及び保健婦助産婦看護婦法に規定する欠格条項の見直し
に関する検討が開始されるとともに、論点を整理し、議論のためのたたき台
を作成するため当小委員会が設置されることとなった。当小委員会では、4
月5日に第1回会合を開催して以来、合計5度にわたる会合を開催し、その間、
医療に関する学識経験者、医療の提供を受ける者及び医療を提供する者に参
加を求め、障害者関係団体からのヒアリングを行いつつ、また諸外国の動向
も参考にしながら、精力的な検討を行ってきた。以下、見直しの具体的方向
を含めた検討結果について報告するものである。
以下、見直しの具体的方向
を含めた検討結果について報告するものである。
第2 見直しの具体的方向
1 基本姿勢
医師、歯科医師及び看護婦等は、医業、歯科医業、診療の補助といった、
いわゆる医行為を業として行うことを許可されている。医療は、患者に対す
る医学的侵襲行為を含むものであり、これを安全かつ確実に行うためには、
患者の状況を的確に把握し、患者や他の医療従事者と適切な意思伝達を行う
などした上で、専門的知識、技能に裏打ちされた的確な判断を下すことが必
要とされる。このような業務の特殊性から、欠格条項を含む厳格な免許制度
が設けられているものと考えられる。したがって、欠格条項の見直しに当た
っては、それが障害者の社会活動参加を不当に阻む要因とならないようにす
るとともに、患者の安全の確保を第一に考えるべきである。
2 見直しの方向
一般的に、心身に障害のある者については、業務の一部を適正に行うこと
が可能である場合があり、心身の障害を絶対的欠格事由として、これらの者
に一律に門戸を閉ざすことは止め、免許を付与する方向に改めるべきである。
その際、免許を付与するに当たり、ある特定の障害を有する者が行い得る行
為をあらかじめ部分的に限定することは適当でない。なぜなら、医療の対象
としての患者は、疾病や傷害を負った人間の身体や精神のある一部分ではな
く、両者を併せた全人的存在としての患者であり、また、疾病や傷害は多様
な経過をもつものである一方、障害者の心身の傷害の態様も千差万別だから
である。
ただし、心身に障害のある者については、業務を一部でさえも行うことが
できない場合や、適正に行うことができる範囲を超えて業務を行うことによ
り、患者の安全が損なわれるおそれがあると認められる場合が想定される。
これらのような場合には、患者の安全確保の観点から、免許の拒否又は免許
の取消し若しくは業務の停止を可能とする余地を残しておく必要がある。
したがって、現行の障害者を特定した欠格事由である、目が見えない者、
耳が聞こえない者、口がきけない者及び精神病者の条項は廃止して、相対的
欠格事由として「身体又は精神の障害により業務を適正に行うことが困難で
あると認められる者」というような規定に改めるべきものと考える。ただし、
具体的な規定の仕方については、法制度上の整合性に照らして整理する必要
がある。
3 見直し後の運用
以上の見直しに伴い、医療に従事することを志す者から、免許を申請しよ
うとする者、更には免許を取得した者に至るまで、教育の機会を含めた自ら
の進路を選択したり、自らが行い得る医療行為の限界を判断するに当たり、
拠り所となるような運用基準が必要である。基準の策定に当たっては、その
時々における医療の水準や障害者の障害を補う技術の水準、更には教育の受
け入れ体制の整備の程度等を勘案して、可能な限り具体的なものとする必要
がある。
第3 見直しに付随して配慮するべき事項
1 教育環境の整備
これまで医療に従事することを志すものの、絶対的欠格事由に該当するこ
とから大学等に入学することのなかった者が、絶対的欠格条項の廃止を契機
として、大学等への入学を希望する場合が増加することが予想される。した
がって、受け入れる教育の現場にあっては、受け入れのための人的及び物的
環境を整える一方、患者の安全を確保するという視点に立ち、学生の選抜や
教育、指導を行う必要がある。また、関係者にあっても、このような教育側
の取組に必要な支援について、連携しながら積極的に検討するべきである。
2 国家試験の在り方
医療関係資格に対する国家試験は、医師、歯科医師又は看護婦等として
必要な知識及び技能を有しているかどうかを判断することを趣旨としている。
したがって、国民に安全な医療を提供するという医療関係資格制度の目的に
鑑みると、欠格条項の見直しの有無に関わらず、試験の水準は維持されなけ
ればならない。すなわち、試験内容、方法等について、特別の取扱いをすべ
きではないと考える。ただし、試験の実施に当たり、必要な知識及び技能の
評価に影響を与えない程度に確立した技術が存在する場合には、そのような
技術を用いた試験方法を可能な限り早期に導入できるよう、関係者は引き続
き検討するべきである。
第4 保健婦助産婦看護婦法に規定する「素行が著しく不良である者」及び「伝染性の疾病にかかつている者」について
保健婦助産婦看護婦法には、医師法及び歯科医師法と異なり、相対的欠格
事由として「素行が著しく不良である者」及び「伝染性の疾病にかかつてい
る者」が規定されている。現状において、これらの規定の必要性について考
えると、それぞれの規定につき、以下のような問題点があるものと考えられ
る。
1 「素行が著しく不良である者」について
現在における社会通念に照らして、どのような者が対象となるか必ずしも
明確ではなくなってきており、また、「罰金以上の刑に処せられた者」に包
含されることがほとんどであり、同条項が存在すれば足りるとの見方も可能
である。
2 「伝染性の疾病にかかつている者」について
伝染病に対する治療をめぐる事情が立法当時から格段に変化していることに加え、そもそも患者への二次感染の問題は職場における健康管理を通じて解決するべきものであることを考慮する必要がある。さらに、平成10年に制定された感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の中で、国の責務として、「感染症の患者等の人権の保護」への配慮が規定されていることを踏まえる必要がある。
これらの問題点を踏まえると、これらの規定は削除されるべきであると考える。
第5 おわりに
医療には患者に対する侵襲行為が含まれることから、資格制度を設けるこ
とで、その安全性を確保している。したがって、患者の安全の確保という観
点から、その資格は高い水準で維持されるべきことについて異論はないと考
える。しかしながら、この理念を墨守するがゆえに、障害者が医療に参加す
ることを不当に阻むことがあってはならない。また、障害のある人もない人
も、互いに支え合い、地域で暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼー
ション」の理念を医療を受ける立場にある国民のみならず、医療従事者全体
が理解し、障害者の参加に向けた努力を続けるべきである。それと同時に、
受け入れに伴い生じてくる教育上の配慮についても引き続き検討するべきで
ある。
本小委員会では、患者の安全を優先するという基本的姿勢を堅持しながら
慎重な議論を進め、その結果、現行の障害者に係る絶対的欠格条項はすべて
廃止し、障害者に対して医療の世界への門戸を開放すべきであると結論づけ
た。そこで、障害者を医師、歯科医師又は看護婦等として受け入れる側の国
民にあっては、この結論の重みを受け止めると同時に、医療の世界で活躍す
ることを希望する側の障害者にあっても、医療の世界の厳しさ、人の生命を
預かることの重い責任を十分に理解するように強く望むものである。
今後、意欲ある障害者が医療に参画し、活躍されることを期待して、この
報告書の結びとしたい。