障害者欠格条項の撤廃を求める意見書
2000年(平成12年)11月29日
日本弁護士連合会
意見の趣旨
医師法・薬剤師法・道路交通法など、資格・免許等の欠格事由として身体又は精神の障害を掲げている法令の規定(以下「欠格条項」という。)の多くは、憲法13条(幸福追求権)、14条(法の下の平等)、22条(職業選択の自由)に違反し、かつ、国連の障害者の権利宣言外の諸決議や障害者基本法の謳う障害者の完全参加と平等の理念に明らかに反するものであり、障害者の社会参加と自己実現の途を法律によって入口で閉ざし、障害者の人権を侵害するものである。
政府は現在欠格条項の見直し作業中であり、平成12年6月1日時点で存在する60制度中35制度については平成12年度中に作業終了の予定であるが、当連合会は政府に対し、見直しにあたり、補助機具の進歩・手話通訳等の補助者やサポート体制の整備・健常者との協働の促進・医学の発達等を
踏まえ、障害者の人権を尊重し完全参加と平等を推進すべく
第1、
(1)機能障害・病気を理由とする絶対的及び相対的欠格条項は原則として廃止すること。
(2)実技を含む資格試験等で判定可能なものは資格試験等で判定すること。
(3)資格試験については、障害者にとって欠格条項に代わる新たな障壁とならないように、点字受験や、口述受験における受験者の障害に応じた通訳の保障、口述に代わる筆談による試験の実施等、格別の配慮をすること。
(4)一定の資格制限規定がどうしても必要なものは、機能障害・病気ではなく、「具体的に要求される能力や技能」で規定すること。
(5)能力が回復したり、補助機器等の進歩活用により能力を補うことが可能になった場合の、資格回復規定を設けること。
(6)資格を与えない場合、または取り消す場合は、本人の主張を聞いたり、不服申立を認める制度を設けること。
第2、
薬剤師国家試験に合格しながら、聴覚障害を理由に薬剤師免許を与えられない者に対し、直ちに該当者に免許を与えることができるよう、必要な法的措置を講ずること。
第3、
大学等の教育の場が、受験・教育の点で障害者に開かれたものとなっておらず、障害者の資格取得・社会参加の事実上の障壁となっていることについても、すみやかに改善に着手すること。
を求めるものである。
意見の理由
1、障害者の権利宣言・憲法14条等と資格制限
国連の障害者の権利宣言は、「障害者が人間としての尊厳を尊重される生まれながらの権利を有すること」「障害者が他の人々と同じ市民的・政治的権利を有すること」「その能力に応じて雇用され、差別的なあらゆる搾取、規制から保護されること」を謳っている。
また、国連の障害者に関する行動計画(1982年)等の諸決議は、障害者の社会生活における完全参加と平等をめざし、その障壁や阻害要因を除去する責任が政府にあることを定めている。
さらに我が国の憲法14条は「すべて国民は法の下に平等であって、・・・・経済的又は社会的関係において差別されない。」と規定している。
そして、障害者基本法は、完全参加と平等を基本理念・目的とし、政府がそのために必要な法制上の措置を講じなければならないと定めている。
しかるに、医師法、薬剤師法、道路交通法をはじめとする多くの法律において、身体又は精神の障害を理由として障害者の資格取得が制限されてきた。これらは、古い障害者観に基づき「危険防止」・「業務困難」等の理由で「合理性のある制限」との解釈のもと、今日まで全く見直しがなされてこなかった。
その結果、手話通訳等の補助者・サポート体制の整備・点字・拡大機、コンピューター機器等の補助器具のめざましい進歩並びに医学の発達により、十分に業務遂行が可能である、あるいは業務にあたって特段の危険がないと思われる場合にあっても、画一的に資格取得が制限され、障害者の社会参加・
自己実現が阻まれてきた。
子供の頃からの夢をかなえるため一生懸命勉強して大学を卒業し、薬剤師国家試験に合格しても、聴覚障害を理由に薬剤師免許を得られない後藤久美さんや、欠格条項がなければ医師や薬剤師をめざしたかったという筑波技術短期大学の学生の、障害者の人権を考えるシンポジウム(日弁連外主催。平
成12年10月21日・於クレオ)における発言を聞くとき、障害を理由に社会への参加の途を入り口で閉ざしているこのような欠格条項は、障害者の幸せになる権利や夢を奪うものであり、憲法13条(幸福追求権)、14条(法の下の平等)、22条(職業選択の自由)に違反し、障害者の人権を侵害するものであると断ぜざるを得ない。
そして欠格条項は同時に、かけがえのない一人の障害者とその能力や可能性を受け入れることができないという点で、社会に大きな損失を与え、社会をも貧困なものにしていると言えるであろう。
2、政府の欠格条項見直しについて
総理府の障害者施策推進本部は、ようやく平成11年8月9日、「障害者に係る欠格条項の見直しについて」を決定し、欠格条項が真に必要であるか否かを再検討し、必要性の薄いものについては欠格条項を廃止することとし、真に必要と認められる場合の具体的対処方針を明らかにした。
対処の方向は、
(1)欠格・制限等の対象の厳密な規定への改正
(2)絶対的欠格から相対的欠格への改正
(3)障害者を表す規定から障害者を特定しない規定への改正
(4)資格・免許等の回復規定の明確化
である。
さらに、総理府は平成12年6月1日に対象63制度の見直しの進捗状況を発表したが、それによると、検察審査員、栄養士免許、一般労働者の就業禁止の3制度の欠格条項が廃止され、残る60制度中35制度が平成12年度中に見直し終了予定とのことである。
政府がおくればせながら欠格条項の包括的見直しに着手した意義は大変大きいが、当連合会は政府に対し前述した総理府の対処の方向にとどまることなく、
(1)機能障害・病気を理由とする絶対的及び相対的欠格条項は原則として廃止すること。
(2)実技を含む資格試験等で判定可能なものは資格試験等で判定すること。
(3)資格試験については、障害者にとって欠格条項に代わる新たな障壁とならないように、点字受験や口述試験における手話通訳の保障や口述に代わる筆談による試験の実施等、格別の配慮をすること。
(4)一定の資格制限規定がどうしても必要なものは、機能障害・病気ではなく、「具体的に要求される能力や技能」で規定すること。
(5)能力が回復したり、補助機器等の進歩活用により能力を補うことが可能となった場合の、資格回復規定を設けること。
(6)資格を与えない場合、または取り消す場合には、本人の主張を聞いたり、不服申立を認める制度を設けること
を求めるものである。
3、事実上の資格制限
前述したシンポジウムにおいて、障害を持つ青少年がいかに将来に夢を抱き、能力と意欲を持っていても、欠格条項があるがゆえに、高校や大学の進路選択の段階で、医師等を目指すことを最初から断念せざるをえない現実が報告された。さらには、点字等による受験が認められないため、欠格条項がないにもかかわらず受験自体を断念せざるをえない現実についても報告があった。大学等の教育の場が、受験・教育の点で障害者に開かれたものとはなっていないのである。また、欠格条項はないにもかかわらず、例えば聴覚障害者は保育士試験において音楽の試験を課されることによって事実上保育士の資格を取得できないという現実もある。このような事実上の資格制限は他にもたくさん見られる。欠格条項の見直しにあたっては、このような事実上の資格制限や障壁をも撤廃していく必要がある。
4、今後の取り組み
欠格条項をはじめとする差別法規の撤廃は、全障害者の願いであり、差別法規撤廃の署名運動に対し、200万人を超える国民が賛同署名をし、
全国の1000以上の地方議会において改正意見書が採択されている。又、昨年来、この問題をマスコミも積極的に取り上げて報道している。日本薬剤師会も国家試験合格者を差別すべきではないとして、後藤久美さんに免許を与えることを求めている。まさに世論が欠格条項の撤廃を求めているのである。
当連合会は、政府に対し、前述したシンポジウムでの議論、各障害者団体からの要望を十分考慮し、人権の世紀と言われる21世紀に向けて、欠格条項・資格制限の早期撤廃を実現するよう強く求めるものである。特に、障害者福祉の所管官庁である厚生省には、率先して欠格条項を撤廃するよう、また薬剤師国家試験に合格しながら聴覚障害を理由に薬剤師免許を得られない者に免許を与えるよう、直ちに必要な法的措置を講ずることを求めるものである。
本年9月に来日された米国のろう者の医師キャロリン・スターンさんは、
「アメリカには欠格条項はありません。そんな許せない法律は変えればいいのです。アメリカでは障害を持つアメリカ人のための法律(ADA)により差別は禁止されています」と発言されている。
当連合会は、市民と力を合わせ、薬剤師会・医師会等の関係団体とも協力し、法律を変えるため、そして、更にはアメリカのADAのような差別禁止法を制定することを目指して、今後とも全力を尽くす決意である。
以 上